チビ泥棒と魔法使い
レンガ造りの建物がずぅっと連なる石畳。
ここは裕福な人も貧しい人もごちゃまぜに暮らす街です。
街一番のパン屋さんから漂う良い匂いの中から、突然大きな声が聞こえました。
「こら! また盗みやがったなこのチビ泥棒!!」
“チビ泥棒”と呼ばれたやせっぽちの少年はすでにお店の外にいて、ボロボロの靴で走っていきました。
「……まったく、変な気遣いしやがって」
盗まれたパンがあった場所には、「ごめんなさい」と書かれた紙切れが置かれていました。
「ジャンの優しさはすごく良いところだけど、それが命取りになることを忘れるなよ」
子供だけの泥棒グループのリーダー、ケビンが言いました。
ケビンはジャンの2つ年上で、情報収集と作戦立案が得意です。
「パン屋のおじさんは水曜のお昼に来るお姉さんに夢中なんだ」と教えてくれたのも彼です。
そんなケビンの悩みのタネは、ジャンの優しすぎる性格でした。
「ジャン、きみのスリは魔法みたいだ。でもあんな書き置きを残したらバレることくらい、きみならわかるだろ?」
世話のやける弟を諭すように、ケビンは言いました。
「ごめんよ、ケビン。やらなきゃ生きていけないってわかってるけど、盗まれた人のことを考えたら悲しくなっちゃうんだ」
ジャンは今にも泣き出しそうです。
盗ってきたパンはまだ幼い子供たちに全部あげて、ジャンは夜になる前にひとり街にでかけていきました。
夜に近づくにつれて、寒さが徐々に厳しくなってきています。
人が少なくなってきた路地の端っこで、ひとりぽつんと佇む少女と目が合いました。
「……あなた、どこかで会った気がする。こんなところで何してるの?」
怪訝そうな顔で聞かれたので、ジャンは慌てて「母さんと喧嘩しちゃってね……」と嘘をつきました。
この娘があのパン屋の娘であることを、ジャンは知っていたからです。
ケビンからは、彼女の名前が『ニーナ』であることを聞いています。
「奇遇ね! わたしもパパと喧嘩して家を飛び出してきたところ。ちょっと付き合ってよ」
あのひと、娘にも怒鳴ってるのかな……。
断れない性格のジャンは、それから1時間程ニーナの愚痴につきあわされることになりました。
「あー! すっきりした。つきあってくれてありがとね」
すっかり笑顔になったニーナは、ジャンの足元を見て「あ、」と小さく言いました。
「そんなにボロボロの靴じゃ足が冷えちゃうよ、わたしが縫ってあげる」
ものの数分で、ジャンの靴はずっとマシになりました。かわいいアプリコットのツギハギ模様です。
裁縫が得意なニーナは、裁縫セットを常に持ち歩いていると自慢げに教えてくれました。
「ありがとう……。でもなんでこんなことしてくれるの?」
ジャンの質問に、ニーナはあっけらかんとした顔で答えます。
「わたしがしたいからしてるの。あなたが何かする理由も同じじゃないの?」
「ぼくは……」
盗みをするのは、ぼくがしたいからじゃない。
ジャンは”自分がしたいこと”が何かを考えました。
お腹いっぱい食べること?
幼い子供たちを養っていくこと?
そのためなら、何をしても許される?
違う、ぼくがしたいのは、ぼくがしたいのは……。
「……ねぇ、ポケットに何か入ってない?」
ニーナが一瞬驚いたような表情を浮かべ、ポケットに手を入れました。
「これ、あなたがくれたの? 魔法みたい!」
ニーナの手には、水玉の包み紙に入ったチョコレート。
気づかれずに物を盗るのができるなら、その逆もできるのではないかという予感は的中しました。
ニーナの喜ぶ顔を見て、ジャンははじめて自分がやりたいことをできた気がしました。
「こら! またまた盗みやがったなこのチビ泥棒!! ……って、代金置いてくなら普通に買ってくれよ……」
盗まれたパンがあった場所には、「ごめんなさい」と書かれた紙切れとパンの代金が置かれていました。
ジャンは盗む技術を活かして、マジシャンとして人々を笑顔にするようになりました。
大道芸をやるのに最も適した場所や時間帯、そういった情報収集と作戦立案はケビンが手伝ってくれています。
ビラ配りをする幼い子供たちは、大人たちに構ってもらえて嬉しそう。
足元にはかわいいアプリコットのツギハギ模様をした靴。
そして観客たちの最前列には、ニーナが笑顔でジャンを眺めています。
「――さぁさぁ今夜はクリスマス。皆さまのもとに素敵なサンタさんがやってきますように」
ジャンが仕込んだクリスマスプレゼントに、ニーナはいつ気づくのか。
そんなことを考えて、ジャンはしあわせそうに笑いました。
<fin>