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しあわせの香り

木々が赤く色づき始めた公園で、ふたつの小さな影が揺れています。ひとつはまぁくん、もうひとつはみぃちゃんのものです。

 

「ねぇ、すべり台もブランコも飽きちゃった。どこかほかのところ行こうよ」

 

みぃちゃんが言いました。いつもいつも同じ公園で遊んでいたので、なんだか物足りなくなっていたのです。

 

「ぼくはずっとここでもいいんだけど……。ここ以外にいいところなんてわかんないよ」

 

なぜかわからなかったけど、まぁくんはみぃちゃんと一緒にいるだけで幸せでした。だから正直、場所なんてどこでもよかったのです。

でもがんこなみぃちゃんは聞く耳を持ちません。ほぼ一方的にみぃちゃんに押し切られ、近くにある神社に行くことになりました。

「神社にはしあわせになれる香りがある」とお母さんたちが立ち話しているのを、みぃちゃんは思い出したのです。

しかし神社の目の前に来た時、それまで強気だったみぃちゃんの顔色が悪くなっていきました。なぜなら、神社の前には長い長い階段が続いていたからです。みぃちゃんは隠せていると思っているけど、高いところが苦手なことはまぁくんにはバレバレでした。

 

「どうする? 今日はもうかえる?」

 

まぁくんの心配はかえってみぃちゃんの心に火をつけました。

首を横に振ったみぃちゃんは、なんとしてでも登るという顔をしています。そして、まぁくんの心配をよそ目に、勢いよく一歩ずつ登りはじめたのです。仕方なくまぁくんもついて行きました。

 

半分ほど登ったところでしょうか、前を進んでいたみぃちゃんが急にしゃがみこみました。心配になってまぁくんが回り込むと、小さな肩が震えているのがわかりました。

 

「こわいよ……こわい……」

 

ずっと我慢していた怖さが堪えきれなくなってしまったんだ。まぁくんはのんびりしているけど、人の気持ちがわかる子供です。みぃちゃんの目の前に背を向けてしゃがみ、おぶさるように促しました。きっと何か言ったら強がるから。

みぃちゃんはまぁくんに見えないように涙を拭いて、黙ってまぁくんに肩にしがみついて目を閉じました。

 

どれくらい経ったのでしょうか。

「ついたよ」という声にみぃちゃんが目を開けると、そこには一面のオレンジ色が広がっていました。西日が差し込んできて、神社を淡く照らしています。それだけではありません。どこからか甘い匂いがふたりを包んでいました。一面のキンモクセイです。お母さんたちが言っていた「しあわせになれる香り」はこのことだったんだと、みぃちゃんは目を大きく輝かせて思いました。まぁくんは隣で嬉しそうな顔をしているみぃちゃんを見て、「まぁたまにはこういうのもいいか」と笑いました。

どうやって帰ったのかは覚えていません。でも、あの一面のオレンジ色はずっとふたりの記憶に残り続けました。

 

それ以降、みぃちゃんはけろっとした顔で高いところに登れるようになり、まぁくんは心底ホッとした顔で階段を登るようになりました。

みぃちゃんの小さな足は次第にハイヒールを履くようになり、まぁくんの小さな背中はより頼もしくなっていきました。

そして、待ち合わせ場所に現れたみぃちゃんからは、あの時とおなじふわっとしたオレンジ色の景色が漂ってきます。まぁくんはみぃちゃんと一緒ならどこでも幸せですが、あの神社だけは特別かなと思ってのんびりと笑いました。

 

 

 

「……素敵なお話。キンモクセイの匂いって、なんだかおばあちゃんの匂いみたいだね。甘くて優しくて」

 

「どうだろうね、いつか大好きな人と確かめに行っておいで」

 

そういっておばあさんは目尻のシワをくしゃっとさせて、その奥で寝息を立てているのんびりとした寝顔を優しく見つめました。

​<fin>

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